映画:『パッチギ!』(井筒和幸監督作品)
1968年の京都。府立高校生の松山康介(塩谷舜)は、敵対する朝鮮高校まで親善サッカーの申し込みに行くよう担任に命じられる。恐る恐る朝高を訪ねた康介は、音楽室でフルートを吹くキョンジャ(沢尻エリカ)に一目惚れしてしまう――。恋愛、友情、ケンカ、フォーク……、確かな時代考証とともに描く青春群像劇。ちなみに「パッチギ」とは、頭突き、転じて、突破するといった意の韓国語だそうだ。
みうらじゅんからおすぎまで、誰もが絶賛している『パッチギ!』です。井筒作品には、『岸和田少年愚連隊』を観て以来、なんとなく疎遠になっていたんですが……。
『パッチギ!』も確かに上映前は期待値が高かったとはいえないですからね(笑)。
まあ、『ゲロッパ!』の後だしなあ。でも、結果的には、久々にあらゆる人がほめる映画になった。僕は日曜日の夜にシネカノン有楽町で観たんですけど、劇場に入ろうとしたら、シンコ(スチャダラパー)くんに会いました。「観るのは二度目だ」って言ってましたよ(笑)(1ヶ月後に打ち合わせで会ったら4回観ていた)。みうらじゅんさんは「井筒監督はこの作品で死ねば最高の遺作になる」というすごいコメントを出しているし。
『ゲロッパ!』が遺作にならなくて、よかったわけだ(笑)。
この映画の原案は『少年Mのイムジン河』という本で、ご存知のように「イムジン河」はザ・フォーク・クルセダーズ(以下、フォークル)が歌っていた曲。この本の著者、松山猛さんが子供の頃、朝鮮高校生が歌っていた「イムジン河」を聞いて、歌詞の意味を教えてもらいながら日本語詞をつけた。それを京都で松山さんと親しかったフォークルが歌うことになったわけです。レコードのプレスまでできていたんだけど、南北の分断という悲劇を歌った政治性の高い曲だったし、日本人が勝手に詞をつけたということに対する抗議などもあって、30年以上闇に葬られていた。が、ようやくオリジナル版も解禁になった――という流れが映画化された背景にはあるそうです。
この映画の音楽を手がけたのも、フォークルの加藤和彦。
映画化の直接的なきっかけは、原作を読んだシネカノンのプロデューサー李鳳宇さんが、井筒監督に薦めたことだそうですね。『少年Mのイムジン河』は68年の京都を舞台に、どうすれば差別がなくなるかをテーマにした絵本仕立てになっています。松山さんの子供時代の記憶が淡い色彩のイラストで入っただけの静かな本なんですが、これに李さんの体験、それから兄さんがフォークの熱狂的なファンだったというアルフィーの坂崎(幸之助)さんの体験が加えられた。さらに『パッチギ!』を娯楽映画するために用いられたのが“喧嘩上等”のエピソードですね。王道もので泣ける映画は、個人的にはクサくて拒否反応が出るんだけど、そうは思わせない勢いがありました。まず差別問題という今の現実と地続きとなっているテーマが根底にあって、それを娯楽映画にするためのパワーがある。あとは、朝鮮高校でフルートを吹く沢尻エリカがかわいらしかった(笑)。
オダギリジョーも出演しているんですよね。役名が坂崎(笑)。
酒屋の息子の役。坂崎さんのお兄さんのイメージに、フォークルのメンバーだった加藤和彦さんのイメージを足したような人物になっていましたね。海外のポップカルチャーをいち早く取り入れていた人で、主人公の青年の文化的な窓になるような役割を担っている。僕は井筒監督より少し年下ですが、中学生の時、フォークルを聴き、(メンバーの)北山修の本を読んだりしていたから、この映画はすごいジャストにハマった。日本映画は過去を舞台にした作品だと、細部の詰めが甘いということがよくあるんだけど、京都でオックスがジャズ喫茶に出演しているシーンとか、マジソン・スクエア・ガーデンのバッグの出方とか、限られた予算の中できっちり時代考証をしている感じがあって非常によかった。また、よく考えたら、ハングル語と京都弁の多国籍映画だったのに、上映中は気にならない。関西出身以外の日本人俳優が見事に演じている、その見えない努力も素晴らしいと思います。
『パッチギ!』劇場用パンフレット
(シネカノン)
松山猛『少年Mのイムジン河』
(木楽舎)