書籍:若松孝二『時効なし。』(ワイズ出版)
おそらく現役としては日本で最も多作な映画監督の半生をじっくりとひも解いたロングインタビュー。若松孝二は、1936年宮城県生まれ。地元の農業高校を中退後上京、新宿を縄張りとする組のチンピラ、テレビの現場を経て、63年にピンク作品『甘い罠』で映画監督デビュー。その後、性と政治をリンクさせた数々の映画で評価を得る。80年代以降は軸足を一般映画に移し、『われに撃つ用意あり』『寝取られ宗介』などのメガホンを取る。
2冊目は、映画監督若松孝二の『時効なし。』を紹介します。小出忍と掛川正幸の2人によるロングインタビュー形式の自叙伝で、掛川さんは昔若松プロに在籍した人で、小出さんは映画関係のライターですね。ワイズ出版の映画関連本、特に監督や俳優本人をインタビューしたものには充実した本が多い。
『市川崑の映画たち』『映画監督深作欣二』もそうだよね。
それから『大俳優丹波哲郎』なんてのもあります。
若松孝ニといえば、20年以上前に、『俺は手を汚す』というキャッチーなタイトルの自叙伝がありましたよね。
はい。その『俺は手を汚す』を書いた時代と違う点は、日本赤軍の活動に身を投じてパレスチナに旅立った若松組の映画監督・足立正生が30年ぶりに送還され日本に帰ってきたということですね。つまり、ある程度日本赤軍やパレスチナを巡る状況が落ち着いたというか、変わってからの本なわけです。
『時効なし。』というタイトルが今の実態を象徴している。読んでみて、新たに知った事実はありましたか?
若松監督は名古屋に映画館を持っているんですね。シネマスコーレという、名古屋におけるミニシアターのさきがけとなった劇場。原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』は、右翼を怖がって東京のどの映画館も上映してくれなかったらしいんですが、名古屋ではこのシネマスコーレが上映して大ヒット、大儲けをした。
若松監督は、人脈の広さにも定評があるよね。
特に、赤塚不二雄さんへのリスペクトが感じ取れます。赤塚さん関連の話は、どれも泣けてきます。
新宿ゴールデン街系の人脈だ。あとは、内田裕也さんだね。主演映画の『餌食』『水のないプール』など、裕也さんの俳優としての評価を固めたのは若松作品。
あとは、竹中労にひどい目に遭わされたという話が印象的(笑)。
ど、どういうことなんですか?
『「話の特集」と仲間たち』もそうなんだけど、60〜70年代のサブカルチャーを振り返る本を読んでいると、よく名前が出てくるのが竹中労なんですよ。しかもトラブルメーカーとして(笑)。若松孝二が製作で参加していた映画『戒厳令の夜』には、竹中労も製作・脚本で関わっていた。夢野京太郎というペンネームで、佐々木守との共同脚本ということでクレジットされているんですね。でも、若松監督に言わせると、竹中労は一行も書いてないらしい。その上、竹中労は原作者の五木寛之を脅していたという。
若い人たちにとっては、竹中さんは「たま」を評価したり、沖縄を書いた『琉球共和国』などの著書でピースなイメージ(笑)があると思いますが。
歴史に残る「ビートルズ・レポート」を取り仕切った人なんで、実力は間違いなくあるんですが、同時に困ったトラブルメイカーでもある。
まあ、この業界、そういう人は多いですけどね(笑)。
若松孝二に話を戻すと、彼は当局からにらまれて、ビザが発給されないことがざらにあったみたいですね。パスポートすら再発行してくれない時代もあったんだけど、その時は『愛のコリーダ』のプロデューサーを務めていたので、大島渚のとりなしで結局発給されて海外へ出ることができたらしいですが。
どちらもかっこいい。パスポートが発給されないって、それだけ大物ということだもん(笑)。“とりなせ”ちゃう大島監督の力と男気にもグッとくる。
この政治性と多作ぶりは、フランク・ザッパを思い出させますね。この人、理想論だけ言ってる非現実的な反体制じゃないんです。資金繰りのために色んなビジネスもやっていますからね。不動産屋にマグロ屋、サメのエキス販売、それから、宝石、日本刀、毛皮のコートまで売っていたらしいですから(笑)。そうやって稼いで金で、映画を撮り、パレスチナを支援していた。
大手映画会社が、予算のかかる企画を通さなかったという状況も関係しているんだろうけれども。
早撮りやゲリラ撮影のノウハウには自信があるみたいで、「オレじゃなかったら『エロティックな関係』は撮れなかっただろう」とも言っています。
ビートたけし、宮沢りえ、内田裕也共演の映画だよね。パリが舞台で、公開は92年。確かに、裕也さんはともかくとして、売れっ子2人のスケジュールを合わせることを考えたら、そんじょそこらの監督には撮れっこない。
ちなみに、若松監督本人は、この映画に関して、自分のフィルモグラフィー中最悪の作品だと言ってます(笑)。
(笑)フィルモグラフィーを眺めると、若松作品のタイトルの素晴らしさに圧倒されてしまう。監督はコピーライティング能力に長けてますよね。『処女ゲバゲバ』に『胎児が密猟する時』、この『時効なし。』もそうですけど。
『興行師たちの映画史』という名著の中で、柳下毅一郎さんが「若松孝二は基本的には見世物の人なんじゃないか」という言い方をしていて、なるほどと思いましたね。見世物を政治的なパッケージでくるんで見せるという才能がある。
なるほど。
それにしても、その交友を見ると、すごく情の濃い人だなと思いましたね。