文化デリックのPOP寄席

第0回 2005年2月 ゲスト: 堀雅人(放送作家/ライター)

書籍:矢崎泰久『「話の特集」と仲間たち』(新潮社)

1965年12月10日に創刊された雑誌が「話の特集」。日本の雑誌文化に多大なる影響を与えたこの雑誌の黎明期となる5年間を、編集長の矢崎本人がふりかえるクロニクル。まぼろしのパイロット版、創刊にまつわる苦難、伝説の臨時増刊「ビートルズ・レポート」、突然の休刊、奇跡の復刊など、まさにめくるめくエピソードが満載。伊丹十三、五木寛之、植草甚一、永六輔、遠藤周作……、このリトルマガジンに関わった人物は、ただ五十音順にその名前を挙げるだけでめまいがするように豪華なのである。

下井草:

「話の特集」は1965年に創刊されて、95年まで刊行されていた雑誌です。つまり、もう休刊になっている雑誌なんですが、今年、WAVE出版から『話の特集2005 創刊40周年記念』が10年ぶりに出版されました。まあ、創刊から40年、休刊から10年経っても復活できるというのは、それだけですごいですよね。


川勝:

その「話の特集」の編集長だった矢崎泰久さんが、「編集会議」という雑誌で連載していたもののうち、創刊後5年間くらいの話をまとめた本ですね。


下井草:

雑誌が刊行されていた30年のうち、5年間分しか収録されていないわけだから、漫画の『スラムダンク』みたいに遅いテンポなんですが(笑)、とにかくこの5年間にはいろいろな事件が起こっていて、エピソードが満載でした。発行元自体が3回変わっていますしね。最初は日本社という、戦前の文藝春秋にいた矢崎泰久さんのお父さんの会社。資金的な問題もあって次に、ブラザーミシンの出入り業者だった三和実業に移った。ちょうどその頃に、「キネマ旬報」の編集長から紹介を受けた人間に騙され、矢崎さんがヤクザに監禁されて、3号くらい雑誌を出版できなくなる……この話は壮絶。その後、作家の邱永漢さんがスポンサーになり、邱さんが手をひいたあとは、自分の資本で雑誌を出すようになったという流れですね。読後、まず思ったのは「雑誌なんて、自分でお金を出してつくるもんじゃない」ってこと(笑)。本当に資金繰りが大変なんだということを、嫌というほど思い知らされました……。


下井草:

和田誠さんがデザインを担当し、湯村輝彦さんなどがイラストを書いたり、殿山泰司さんや植草甚一さんが執筆して……、誌面がきらびやかだった誌面の陰では、随分山あり谷ありだったわけだ。


下井草:

僕が接したのはそうとう末期になりますが、正直なところ、リアルタイムではサブカルチャー的な感覚で読んだことは一度もなかったんですけれどね。なんか地味な雑誌だなあと思い込んでいた記憶があります。


川勝:

下井草くんの世代だと、そういう印象かも。「話の特集」は、どっぷりハマったのは、僕や小西(康陽)くんの世代だと思う。


下井草:

当時はミニコミから発展したような、リトルマガジンと呼ばれた雑誌がたくさんあって、「ニューミュージック・マガジン」(現「ミュージック・マガジン」)とかもそうですよね。「話の特集」は、「噂の真相」「宝島」「ビックリハウス」なんかも含めて、この後続々と登場する個性的なA5版雑誌の嚆矢となっている。


川勝:

あとは「面白半分」。吉行淳之介さんをはじめ、野坂昭如さん、筒井康隆さんなどが半年ずつ責任編集していた雑誌です。


下井草:

集英社新書から、編集長だった佐藤嘉尚さんの書いた『「面白半分」の作家たち―70年代元祖サブカル雑誌の日々』という本も出ています。雑誌を舞台にした回想記の中では、『薔薇族』の編集長、伊藤文学さんが書いた『編集長「秘話」』も面白いですね。


川勝:

そういう風に、編集長が発行人も兼ねているような雑誌は、確かに今少ないものね。


下井草:

最後に一言でまとめると、この本は雑誌全盛時代の最後のメモリアルだという感じですね。本に出てくる人の名前を読み上げても、和田誠、篠山紀信、小松左京などそうそうたる面子ですしね。